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3年間「社長になりたい」と答えて、21歳で借金200万円
高校の進路面談で、担任の先生に「何をやりたいか」と聞かれるたび、3年間ずっと「社長になりたい」と即答。具体的な中身は、何もありませんでした。
19歳の頃から、「将来、自分が心から腹落ちして取り組めることは何か」を探し始めました。さまざまな副業に挑戦する中で、自分には社長になる道しかないと考えるようになりました。
振り返ると、友人と遊び、学生らしく自由に過ごせたのは、大学生活のうちわずか1年ほどでした。
海外へ行くことも大好きで、フィリピンへの短期留学を含め、大学を卒業するまでに17カ国を旅しました。行く先々でさまざまな富裕層と出会い、人生には自分がまだ知らない選択肢が数多くあることを知りました。
より多くの経験をし、人生の選択肢を広げるには、お金が必要だと確信しました。シンガポール旅行中に、将来やりたいことに必要な金額を試算した結果、会社員として働き続けるだけでは届かないと判断。その時点では、就職せずに社長になると固く決めていました。
動いたのは21歳の9月です。当時流行っていた仮想通貨とFXに乗って、マイニング系の法人を立ち上げようとしました。しかし、1ヶ月ももちませんでした。残ったのは200万円の借金です。
そこから大学を卒業するまでの半年間、アルバイトを3つ掛け持ちしながら転売もやって、ギリギリで完済しました。卒業のときに手元に残ったのは、叶わなかった夢と、自力で返しきったという事実だけです。
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25人中22人が辞めた会社
お金は返しきりましたが、あの半年で思い知ったのは「まず自分を磨かないと話にならない」ということでした。日本の初任給ランキングを調べて、いちばん上に近い会社を選ぶ。それが新卒で入った不動産営業です。
夜21時からの飛び込み営業。上長に相談するときは立膝で、というような環境でした。同期は25人中22人が辞めていきました。自分も約2年で転職を決意しました。
この経験から、外見・内面・コミュニケーション力など、自分を総合的に底上げする必要があると痛感しました。25歳くらいまでは「自分磨き」に全振りし、次に対人スキルを磨き上げると決めました。
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次は、対人スキルを磨き上げる。お金持ちの生態を、間近で観察した
24歳のとき、元大手企業の女性社長とお話しする機会がありました。そこで教わったのは、経営者として成功するために大切なのは、「10年続けること」と「時代の変化に対応し続けること」だということでした。今でも自分の心に刻み込まれています。
次に選んだのは、ハイブランド店での接客業です。「お金持ちの生態や、社長とはどのような人なのかを知りたい」という思いから、接客をしながら間近で観察していました。社長クラスの方と最も多く接点を持てる場所は、そこしかないと確信していました。
毎日、社長クラスの方をお迎えして、会話して、お見送りする。そこで身についたのは、40代・50代の経営者に可愛がられる立ち居振る舞いでした。話をしているだけで、その場で1万円をいただくほど可愛がっていただいたこともあります。一方で、どれだけ成功していても、人間の根本は同じだということにも気づきました。相手の話を丁寧に聴く、傾聴力の大切さを学びました。
数多くの接待や接客を通じて、お金を持っている人が必ずしも幸せそうではないという事実を知りました。自分にとっての幸せとは何なのか。ここで一度、考えさせられた。
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副業を、片っ端から
「副業から独立して、いつか起業する」という目標だけは変わらなかったので、働きながらジャンルを問わず手を出しました。仮想通貨、FX、ライブ配信、せどり、アフィリエイト、ブログ、お悩み電話相談、恋愛コンサル。YouTubeもそのひとつで、ラファエルさんをベンチマークに動画を作っていた時期もあります。
21歳から27歳まで続けて、芽が出たものは1つもありませんでした。
睡眠時間は3〜4時間ほど。無理を重ねるうちに腕には発疹ができ、本業の接客中に倒れそうになることも何度もありました。それでも、本業と副業の二足のわらじを続けてきたことで、休日や祝日を問わず、24時間365日ハードワークに向き合うことが当たり前になりました。
ただ、「発信して、人に届ける」という感覚だけは、この時期に体に入りました。いま毎日発信できているのは、この遠回りのおかげです。
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27歳・2024年5月。パソコンが苦手なまま、AIに出会った
転機は2024年5月。ChatGPTに触れたことでした。
正直に言えば、パソコンは得意ではありません。AIの知識もゼロでした。それでも市場のデータやグラフを見た瞬間に、「これは仕事のあり方そのものが変わる」と確信しました。
同じ時期、起業の夢をどうしても捨てきれず、当時付き合っていた彼女に自分から別れを告げました。守るものが何もない今しかない。そう思って、AI一本に振り切りました。
2024年9月、情報発信と登壇活動を開始。ここから、10年ぶりに景色が変わり始めました。